ニート対策として伝えなければならないこと

昨日の話と若干関連がありそうな話題.

ニートとフリーター(さらに言うと,経済的に自立可能なフリーター)を一緒くたにして語るのは,やはり少しおかしいかなというのが第一印象ですが,今回はその事は置いておくとして.

ところが、授業後のアンケートで「フリーターになってもいいと思った」と答えた子がいて、驚いたという。鳥居さんが「ハンバーガーが百円で食べられるのは、安いお金で長時間働いてくれるフリーターのおかげ。すべて正社員なら、五百円になっちゃうかも」と話したのに対して、「ハンバーガーが高くなるのは嫌」と受け止めたのだ。


『ニート』『フリーター』 厳しい将来 小学校でも『予防授業』

上記の例のような低賃金な職業も(現在の)社会がうまく回るためには必要です.企業によっては低賃金な労働力を必要とする企業もあり,現在のところそれは派遣社員がその需要を満たしています.そのため,現在の状況が良いか悪いかは別として,派遣社員のような労働者もまた現在の社会には必要とされています.

一方,人は程度の差はあれ誰でも,金はないよりはある方がいい(稼げる職へ就きたい),嫌いな仕事よりは好きな仕事をやっていたいなどの願望を持っています.そのため,先に述べたような低賃金な職業やあまりやりがいのない職業(何をもってやりがいとするかという事は取りあえずここでは考えない)は敬遠する傾向があります.その結果,そういった職業へ供給される労働者の数はどんどん減少していきます.上記のような教育が浸透していくと,この流れはさらに加速するのではと思います.

また,上記のような教育の別のデメリットとして,そういった職業に対して蔑む思いを植えつけてしまうという問題もあります.上記のような見出しでは,実際にはフリーターの人がこなしている職業の中には社会に必要不可欠なものも存在しているにも関わらず,フリーターに関してはニートと同程度に社会的に問題であるかのような印象が持たれてしまいます.また,そのような印象を持ったままで,自分がフリーターになるしかないような状況に陥った場合には,その挫折感も大きくなってしまうことになります.

さて,それでは子供達には何を伝えなければならないのでしょうか.伝えなければならない事柄は二つではないかと思います.一つは,残酷かもしれませんが,現実を伝えること.現在の社会では,誰もが十二分な給料をもらえる職業に就ける訳ではなく,結果的に派遣社員やフリーターのような位置に身を置かざるを得ない人が必ず現れてきます.そのため,能力が足らなかった,運がなかったなど,その理由は様々でしょうが,自分がその位置に身を置くことになったときにその現実を受け入れられるような教育(場合によっては諦めることの必要さなど)が必要であるように思います(この辺りは,吾唯知足(現状に満足して受け入れる)の必要性などとも絡むかもしれません).

もう一つは,上に挙げたような低賃金な職業やあまりやりがいのない職業に対して蔑む思いを払拭すること.“職業に貴賎なし”と言い切ることができるかどうかは分かりませんが,低賃金しかもらえないような職業も社会のために必要です.フリーターがいかにダメかを語るのではなく,フリーターの人も社会のためには必要であることを教えていくことが重要であると思います.