自粛と同調圧力とワガママ

自粛をおこなうくそったれな国民性が、くそったれなメディアの放送自粛を生み出していることを、賢明な人なら気づいているだろう。くそったれな国民性だからこそ、くそったれなメディアと政府を作り上げている。

くそったれな自粛が、くそったれな原発の隠蔽体質を作っている : 座間宮ガレイの世界

これを読んでいて、ふと Loading... を思い出しました。

実際のところ、GMail を使おうと使うまいと、事故が起きる確率は大して変わらない。また、事故が起きたときに顧客や消費者に迷惑をかけるリスクも大して変わらない。ところが、「誰かに叩かれる」リスクだけは恐ろしく高くなるのだ。「それ見たことか」「だから言ったのに」としたり顔で批判する社内勢力、「管理体制に問題があったと言えそうです」と報じるマスコミ、絶好の叩きネタと狂喜する炎上大好きネット住人、天下りを押し込む好機と見る監督官庁などなど。こういったリスクは大企業ほど大きい。

そのため日本の大企業は、業務を効率化して株主価値を生み出すためでなく、顧客・消費者利益に貢献するわけでもなく、「叩かれるのを防ぐ」ことに注意を集中しがちである。これがコンプライアンスという言葉の実態である。

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この文章は前にも一度引用した事があったなぁと思って調べたら、インフルエンザ騒動のときでした(参考:何故マスクを着用するのか? - Life like a clown)。このときも、各種メディアで「マスクを着用する事に意味があるのか?」みたいな論争が繰り広げられていましたが、そういった論争とは裏腹に多くの人がマスクを着用し、Yahoo! オークション などのオークションサイトではマスクがぼったくり値で転売されると言う騒動を引き起こしました。

何らかの事件が発生した際には様々な「自粛」や「自衛」が行われますが、これらの行動を取る理由の一つに「何かあったときの言い訳を用意しておく(一応、できる事はきちんとやってたんだから仕方ない)」と言うものがあります。これらの行動は言い訳を用意すると言う目的で行われるので、その行動に意味がなくとも、さらに言うと、その行動で別の何かに悪影響が出たとしてもやると言う場合も多々存在するようです。

同調圧力

まぁそうは言っても、個人(もしくは特定のグループ)が「自衛」、「自粛」をやる分には他人に直接的な迷惑を与える訳ではないので(今回の自粛は経済的にいろいろ問題になっていますが)好きにやってもらえれば良いのですが、これがもう少し進むと同調圧力が発生します。ここまで来ると、他人に直接的な悪影響が及ぶようになります。

同調圧力と言うのは、半ば無意識的に行われる事があります。例えば、今回の震災関連にしても「私としては別にどちらでも良いと思うんだけど、不謹慎に思う人がいるかもしれないから」と言うような言い方で自粛を促される事があります。「不謹慎に思う人」が誰なのか、また、そんな人が自分の周りにいるのかをきちんと検討しないまま、「何となくそんな気がする」と言うだけで自粛を決めてしまう(強要してしまう)ケースは多いようです。

何らかの事件に対応した自粛や自衛、と言う話とはずれるのですが、「同調圧力」という文脈でよく出てくる話題に会社での残業があります。「自分達が残業してるんだからお前も残業しろ」と言う同調圧力のせいで、自分の仕事が終わって帰りたいときでもなかなか帰れないと言うものです。

が、残業が当然になっている職場というのはあるもので、その中で一人さっさと帰るというのはしばしば周囲から「不公平」と見做され、場合によっては圧力を受ける。圧力といっても具体的な脅しはないが、それでも全同僚からの無言の非難はそれだけで充分なものと言えよう。

残業させる同調圧力と残業申請させない同調圧力 - 妄想科學日報

この類の同調圧力は面白い事に「俺もやりたくないのにやってるんだからお前もやれ」と言うように、同じ同調圧力の被害者から出る非難のせいでさらに大きくなると言う一面があります(上記の例で言うと、「俺も仕事がなくて早く帰りたいのに空気読んで残業してるんだからお前も残れ」のような感じ)。この現象が最も現れやすいと感じるのが会社で開かれる飲み会で、昔、一度指摘したことがあります。

“飲み会がそこまで好きな訳ではないけれども、飲み会には参加すべき”と思っている人が一定の割合で存在しているように思います。この類の人々は、飲み会にある種の義務感を感じています。なので、“酒があまり飲めない(飲み会がそこまで好きな訳ではない)から飲み会には参加しない”という人々を見ると嫌悪感が芽生えるのだろうなと思います。“俺だって我慢してるんだぞ!”と言う具合に。

飲み会に義務感を感じる人々 - Life like a clown

ここまで来るとまさに誰得状態になってしまうので、その負の連鎖を何とか止めたいとは思うのですが、なかなか難しいようです。

同調圧力に紛れ込むワガママ

同調圧力のもう一つの問題に、各人のワガママが紛れ込んでしまうと言うものがあります。

同局では震災発生直後の11日午後2時54分から12日午後11時55分まで、災害報道で最長となる33時間1分の特別報道番組を連続放送。その後レギュラーのアニメ番組「テガミバチ」(土曜後11・55)を放送した。この対応に「アニメ番組を流すのは不適切」などの抗議が殺到したという。

テレ東に抗議のメール&電話が600件
  • 明るすぎる照明
  • 政治家のメガホンを使った街頭演説
  • 桜も見ずにどんちゃん騒ぎするだけの花見
  • ビールかけ
  • 鳴り物応援
  • お笑い芸人がファミレスや居酒屋でひたすら食べ続けるバラエティ番組
不謹慎ブームを機に消滅してほしいもの

今回の「不謹慎」、「自粛」騒動で目に付いたのはこの辺りですが、「不謹慎」や「自粛」と言う名の下に自分の気に入らないものを攻撃すると言う光景はしばしば見られます。この点に言及されたものとしては、昔、記憶を元に書き起こした 管理人がダメと言っているから -- 目に見えない正義 - Life like a clown と言うドラマを思い出しました。人は、大義名分を手に入れると容易に暴徒化する、と言う風にも取れます。

黒船の存在になり得るのは誰なのか?

さて、インフルエンザ騒動のときにも引用したのですが、日本において、こういった状況を打破するのに有効なのは「黒船的な存在」と言う話があります。

歴史で、黒船以降、日本の社会がガラッと変わったと学んだ。
日本人は変化を嫌うのに、変わるときは一気に変わるとも聞く。
そこには「意志決定の謎」が絡んでいる。

だって、黒船だもん、しょうがないんじゃない?
だって、あの○○社はやってますよ?
だって、となりの○○ちゃんの家でも買ってもらってるもん。
この認識が一定人数以上で共有されると、揚げ足取りは消え、
完璧な言い訳ができあがる。そうなれば、すべてが一気に変わる。

http://kokokubeta.livedoor.biz/archives/51339884.html

この話を見ながら、「黒船的な存在になり得るのは誰なんだろう?」と言う事を考えて呟いたことがあります。今回の自粛騒動では現在、政府や地方自治体などが過度の自粛をしないように呼びかけていますが、(ある程度の効果はあるとしても)残念ながら政府や地方自治体が上記で言う「黒船的な存在」にはなり得ないのだろうな、と言うのが感想です。

この話を呟いたときに*1Google などよりも「自分の会社とよく付き合ってるあの会社もやってますよ」と言う言い回しの方がよく効きますよ と言う感じの返信を頂きました。結局のところ、子供の頃によく言っていた「だって、となりの○○ちゃんの家でも買ってもらってるもん。」と言う言い訳が一番効果的なのかな、と言う気がしました。

*1:実際は、「IT業界だと黒船的な存在になり得るのは Google とかなのかな?」と言う感じの呟きでした