悪魔の証明

被害にあった女性の方も確実にいらっしゃるわけで、犯罪には相応の罰が下されないといけないのはもちろんですし、本稿は、痴漢という犯罪の容認を主張しているものでも大学教授氏を擁護するものでも全くありませんが、一方で、自分が無実の場合にそれを立証する手段が(全くとは言わないものの、ほとんど)皆無に等しい、ということに、非常に強い恐怖を覚えます。

「ボクはそんなことは絶対しないから、いざ濡れ衣を着せられても、説明すれば何とかなるだろう」というのは、非常に甘いと言わざるを得ないのではないかと思います。

http://www.tez.com/blog/archives/000759.html

悪魔の証明というものがありますが,日常生活上で(特に男にとって)これに最も当てはまる例の一つが痴漢の冤罪証明なのかな,と思ったりします.

悪魔の証明(あくまのしょうめい)とは、モノ・行為の存在を巡って、「あること」に比較して「ないこと」を証明することが極めて困難であることを比喩する言葉である。

・・・(中略)・・・

「あることの証明」は、特定の「あること」を一例でも提示すれば済む。しかし、全称命題を対象にする「ないことの証明」は、全ての存在・可能性について「ないこと」を示さねばならない。すなわち、「ないことの証明」は「あることの証明」に比べ、困難である場合が多い(検証と反証の非対称性)。

http://tinyurl.com/2x3amt

私自身は,これまで満員電車に乗るという機会がほとんど皆無だったのであまりそういった心配はしてなかったのですが,実際問題として,どう振舞えば良いのでしょうね.

コメントも結構気になります.実際,どの程度のしんどさで疑われるものなのでしょう.