仮定と言う嘘

編集者の日々の泡:「オレら若者は搾取されてる」という、「不思議な声」を検証してみた がなかなか面白かったので,今回はこの記事を例に「仮定」をうまく使うことで嘘(は言い過ぎですが)を付く事について考えてみます.尚,タイトルになってる「若者は搾取されているかどうか」はこの記事では考えません.

ちょっと簡単なモデルで検証してみよう。

大卒と同時に定年まで月5万円貯金するとする。そうなると、各年代の金融資産は下のようになる(金利は省く)。
・・・(中略)・・・
となるわけだけど、さっきのグラフと大差ない。

これ金利を無視した数値。実際は、貯める期間が長ければ金利複利で付いてきて、幾何級数的に資産は増えていく。だから現実には年寄りのほうがもっと資産が増えているはずで、全世代に占める資産割合はもっと上がっているはずだ。

――つまりなんのことはない。搾取など無関係。件のグラフは、単に「貯蓄期間・運用期間が長いから年寄りが金持ってる」という事実の反映なだけやん。当たり前だろ。

編集者の日々の泡:「オレら若者は搾取されてる」という、「不思議な声」を検証してみた

この文章を読んでると「なるほど.確かにそうだ」と思わせる内容にも見えます.しかし,この文章には大きな問題があります.それは,結論が仮定に大きく依存しているにも関わらず,仮定が妥当かどうかに関する記述が一切ない事です.上記の記事は,「簡単なモデル」と称して以下の 2 つの仮定を設定しています.

  • 各年代の人々の月々の平均貯金額は全て 5 万円である.
  • いったん貯蓄したお金は定年を迎えるまで消費しない.

しかし,これらの仮定に対する妥当性に関する言及がこの記事には一切含まれていません.

例えば,月々の貯金金額に関しては [アンケート結果]貯蓄に関するアンケート « ハッピーリッチ・アカデミー と言うアンケート結果が見つかりました.これは,2010年9月21日〜9月30日 に 10 代から 70 代までの男女 2,412 名から得られたアンケート結果だそうですが,これを見ると月々の貯金額が 0 円な人が 36%,1 円以上 5 万円未満の人が 64% * 82% = 52% 存在します.この結果を見ると,少なくとも現在において,月々 5 万貯金すると言う仮定が妥当かどうかと問われると疑問符が残ります.

また,別のアンケート結果として,6割が満足!2007年夏のエンジニアボーナス平均72万円|【Tech総研】 がありました.これは,2007 年夏ごろに 25〜44 歳のソフト・ネットワーク系技術者、電気・電子・機械などのハードウェア系技術者の 1000 名から得られたアンケート結果だそうですが,この中に月々の貯金額と総貯金額の表が掲載されていました.

DATA5 職種別・年代別で比較!月々の貯蓄額と現在の貯蓄額

20代後半(25〜29歳) 30代前半(30〜34歳) 30代後半(35〜39歳) 40代前半(40〜44歳)
ソフト・ネットワーク系 月々の貯蓄額 55,707円 47,056円 59,865円 43,704円
現在の貯金額 4,131,818円 5,865,510円 5,438,539円 4,825,185円
ハード系 月々の貯蓄額 68,681円 56,540円 57,734円 44,194円
現在の貯金額 3,198,554円 4,406,479円 4,372,081円 5,522,581円
http://next.rikunabi.com/tech/docs/ct_s03600.jsp?p=001123&__m=1

この表を見ると,月々の貯金金額は 5 万円と仮定しても良いように思います.しかし,先のモデルとは異なり,年代が上がっても総貯金額はあまり変化がありません(後半の「実際には,もっと幾何級数的に増えていくはず」と言う主張にも合致しない).この結果を見ても,「いったん貯蓄したお金は定年を迎えるまで消費しない」と言う仮定は妥当とは思えません.

個人的には,年代別の金融資産グラフを上記のような簡単な貯金例で検討するのは無理があるように感じます.それにも関わらず,上記の記事は(金融資産グラフの事例に関しては)仮定への妥当性に関する検証がないまま,単に「貯蓄期間・運用期間が長いから年寄りが金持ってる」という事実の反映なだけやん。当たり前だろと強い口調で結論を述べています(全然当たり前じゃない).

Life is beautiful: あえて断定せずに説得力を増すテクニック にもあるように,読者を納得させるような文章を書く際には「仮定」は便利なテクニックの一つです.しかし,このテクニックは使い方を誤ると「主張に対して都合の悪い部分を隠す」方法になり兼ねません.設定した「仮定」が結論に大きく依存する場合には,その仮定の妥当性に関しても何らかの言及をする必要があります.

統計は嘘を付く

「統計は嘘を付く」とよく言われます.統計は3度嘘をつく - Life like a clown では,嘘を付くタイミングで 3 つに区分してみましたが(設問の設定段階,対象者の選定段階,結果への解釈段階),最初の記事は解釈段階で嘘を付いた例だろうと思います.統計への解釈段階で発生する嘘については,本人すら嘘を付いている事に気づいていない場合も多々存在します.そのため,読者はいっそう注意して読む必要があるなぁと感じました.